十勝・帯広の馬車BARで出会う、やさしい夜ー蹄のリズムが心をほどく、奇跡の時間

コツ…コツ…と蹄の音が、夜の静けさをやさしく揺らす。帯広の夜の街を歩む馬車BARです。

馬車に足をかけた瞬間、ゆるやかに揺れる蹄のリズムが夜の静けさに溶け込んでいく。闇に響く軽やかな足音、馬のぬくもりを帯びた息づかい、街灯がつくる淡い陰影。手にしたグラスには、泡が静かに揺れる一杯のビール。喉を潤すその冷たさが、夜風とともに胸の奥までしみ渡る。

そのすべてが寄り添うように心へ染み込み、ふっと力が抜けていく。

ここにあるのは、「どこにも似ていない帯広の夜」。その特別な時間を、写真とともにじっくりとお届けします。

帯広の夜を楽しめる「馬車BAR」

帯広の街を、クラシカルな馬車で巡りながらお酒を楽しむ「馬車BAR」。北海道・十勝地方の中心都市・帯広でしか体験できない、唯一無二のナイトアクティビティです。

馬車を引くのは、帯広のばんえい競馬でも活躍する「ばん馬（ばんば）」と呼ばれる品種。その力強さと穏やかな性格、そして大きな体から伝わる温もりが、乗る人の心をそっと解きほぐしてくれます。

ひづめの音、木製車輪のきしむ音、街の灯りがゆっくり流れていく時間。帯広の夜に身をゆだねるような体験です。

十勝・帯広の街並み

北海道・十勝地方の中心都市、帯広。人口約16万人のこの街は、広い空と低い建物が作り出す「開放感」が印象的な街並みです。商業施設が点在しつつも街路樹や公園も配置されており、全体として落ち着いた静けさがあります。

ネオンの光は少なく、街灯と木々の影が訪れる人の心を優しく照らす

馬車BARで巡る帯広の中心街は、ゆっくりと時間が流れるように感じられます。街灯のやわらかさと夜風の心地よさが、心を静かに満たしてくれるでしょう。

馬車BARの体験レポート

夜の帯広を、馬とともにゆっくり巡る馬車BARの旅。ここからは、実際に体験した情景を、写真とともにご紹介します。一瞬一瞬が心に残る、特別な50分ほどの旅を追体験してみてください。

馬車を引く──ムサシコマの表情

馬車BARを引くのは、帯広の地方競馬「ばんえい十勝」で活躍した輓馬ムサシコマ。地元では親しみを込めて「コマちゃん」と呼ばれています。2012年生まれの13歳（2025年現在）、栗毛に額の白い大流星が映える、堂々としたオス馬です。

2018年10月まで現役のレース馬として活躍し、今もその力強さは健在。体高は約170cm、体重は1トンを超え、お客さんが満員のときには約4トンにもなる馬車を軽々と引きます。

それでいて目の前に立つと、その表情は穏やか。まるで人の心を感じ取るかのような優しい瞳をしています。

乗車前──職人技が光るクラシカルな馬車

出発地点は、帯広駅からほど近い「HOTEL NUPKA（ヌプカ）」。ここでムサシコマが静かに待ち、ガイドを務める馬車BARの責任者・永田さんが笑顔で迎えてくれます。この日は韓国・清州から観光で帯広を訪れた女性も同乗。

異国同士の旅人が、ひとつの馬車で夜の街を巡る。そんな偶然の出会いも、このツアーならではの魅力です。

ガイドを務めるのは馬車BARの責任者・永田さん。英語での案内にも対応

上質な時間を過ごせるよう設計された馬車には、細部にまで職人の技が光ります。宮内庁の馬車修復も手がける家具工房「ミネルバ社」と、十勝の職人集団のコラボレーションによって制作された一台です。

木のぬくもりとクラシカルなデザインが、帯広の街にしっとりと溶け込む

1階は室内スペース、2階はオープンデッキという造りで、走行中も螺旋階段で自由に行き来できます。

出発──十勝産のおつまみを手に夜の街へ

この日は2階席に着席。テーブルには、事前に予約しておいたドリンクとおつまみが並んでいました。

事前に選べるドリンクの中でも、人気なのがフルーティな味わいを楽しめる「旅のはじまりビール」。十勝産の大麦麦芽が100％使われた「HOTEL NUPKA」オリジナルのクラフトビールです。

おつまみには、甘みの強い珍しい品種「さやあかね」の蒸しじゃがいも、十勝産のナチュラルチーズ、中札内村の枝豆など、味わい深い地元の味覚がそろいます。

そして、出発の合図。コマちゃんがぐっと力を込めると、車体がわずかに揺れ、木製の車輪が静かに動き出します。

出発の瞬間は少し揺れるため、手すりにつかまる。

その力強さが馬車を通じて身体に伝わり、まるで「旅が始まる瞬間」を全身で感じるようでした。

流れ行く街の景色──心地よい蹄の音に胸が弾む

一度走り出せば、驚くほど滑らかな乗り心地。ほとんど揺れを感じることもなく、一定のリズムで響く蹄の音と、ゆっくりと移り変わる夜景が心を弾ませます。

蹄の音が心地よく響く中、ドリンク片手に見下ろす街並みは格別。

狭い通りを抜けるときには、駐車中の車のすぐそばを通り抜ける場面も。若干のスリルを感じながらも、操縦士が巧みな手綱さばきで安全に進めてくれるので安心です。

個性豊かな20軒の屋台が軒を連ねる「北の屋台」の前を通過。馬車BARのツアー後に立ち寄るのもおすすめ。

やがて馬車は帯広駅前の大通りへ。

駅前の大きな通りを力強く進む馬車BAR

街の灯りに照らされながら、馬車は帯広駅前の大通りをゆっくりと進んでいきます。車で走ればただの幹線道路に見えるはずの場所も、馬車の高さと速度で眺めるとまるで別の表情。ゆったり進むその時間が、夜の帯広をより深く味わわせてくれるようでした。

休憩─コマちゃんとのふれあいタイム

ツアーも後半にさしかかるころ、再び「北の屋台」付近に到着。ここで、がんばって馬車を引いてくれたコマちゃんの休憩タイムが始まります。乗客一人ひとりが、にんじんを手渡して感謝の気持ちを伝える時間です。

にんじんを美味しそうに頬張るコマちゃん。

しばらくの間、コマちゃんとの「ふれあいタイム」も設けられており、お尻や背中、首、鼻など、普段はなかなか触れることのできない体のあちこちを撫でることができます。性格がおだやかなコマちゃんならではの体験です。

体毛はふわふわとしていて、驚くほどあたたかい。そのぬくもりに触れていると、寒ささえも忘れてしまいそうになります。大きな体の中にある穏やかな生命のリズムが、静かにこちらの心にも伝わってくるようでした。

ラストスパート──別れの名残おしさに再開を誓う

休憩を終えると、終点「HOTEL NUPKA」へ向けて、いよいよラストスパート。夜の街をゆっくりと進む馬車に合わせて、コマちゃんの蹄の音が静かに響きます。

ホテル前に戻ると、どこか安心したように見えるコマちゃん。その表情は、無事に乗客を送り届けた安堵の笑みのようにも感じられました。

本当におつかれさま──そんな気持ちが自然とこみ上げます。別れのとき。もう一度コマちゃんの頭を撫でながら「ありがとう」と声をかけると、彼はそっと近づいてきました。その瞬間、心が深く通じ合えた気がします。

私から寄っていったのではなく、コマちゃんから歩み寄ってきてくれた……はず。

馬車BARの旅はおよそ50分。笑いや癒し、そして名残おしさなどの感情が波のように押し寄せてくるひとときでした。「またコマちゃんに会いに来よう」そんな想いを胸に、帯広の夜がゆっくりと幕を閉じていきました。

乗車のご案内

夜風を感じながら、帯広の街をゆったりと巡る「馬車BAR」。最後に出発前に知っておきたい運行スケジュールや料金、集合場所などをまとめています。

【information│お問い合わせ】

帯広の夜にそっと寄り添う、忘れられない50分の旅

馬車BARで過ごす短くも濃密な旅は、帯広の夜が持つ深いやさしさを感じられるひとときでした。蹄の音、馬のぬくもり、街灯のやわらかな光──。どれも旅の途中で心をふっと緩めてくれる、小さな癒しに満ちています。

十勝を訪れるなら、ぜひ一度この「馬車BAR」に乗ってみてください。ゆったりとしたスピードで進む心地よさが、夜の帯広の魅力をより深く味わわせてくれます。